はじめに(おきなわ野球大好き 2019年10月号より)
この記事は、2019年10月の「月刊おきなわ野球大好き」の【野球コンディショニング・ガイド】に掲載された記事になります。
今年(2019年)9月に、エンゼルスの大谷翔平選手が左ひざの手術を行いました。病名は「有痛性分裂膝蓋骨(ゆうつうせいぶんれつしつがいこつ)」。あまり聞きなれない病名だと思いますが、成長期の野球選手にもみられるスポーツ障害の1つです。
今回は、この有痛性分裂膝蓋骨について、予防のためのストレッチとトレーニン方法も交えて解説したいと思います。
大谷翔平選手が手術をした有痛性分裂膝蓋骨とは?
分裂膝蓋骨は、膝蓋骨(いわゆる「ひざのお皿」のこと)が二つ以上に分裂しているものを言い、その中で痛みを伴うものを「有痛性分裂膝蓋骨」といいます。
分裂膝蓋骨の頻度は人口の2~3%程度で、そのうち痛みを呈するものは2%程度と報告されています。野球、サッカー、バスケットボールなどのスポーツ選手でみられます。
多くは男性(約80%)で、左右差はなく、約25%が両方のひざに発生します。有痛性分裂膝蓋骨の一般的な分類としては、分裂骨片の位置によりタイプ別に分ける「Saupe分類」が用いられています。
(Saupe分類)
発生率はⅠ型5%、Ⅱ型20%、Ⅲ型75%とされ、Ⅰ型、Ⅱ型は比較的まれです。Ⅱ型は、そのほとんどで手術が必要となり、Ⅲ型はストレッチなどの保存療法が有効とされています。
有痛性分裂膝蓋骨の原因は?
野球のプレー中の動作といえば、片脚に全体重をかけてボールを投げたり、打ったり。また、ランニング、ダッシュ、ステップ、切り返し、スライディング、コーナーリングなどがあります。ひざに負担がかかる動作のオンパレードですよね。このような、ひざにストレスがかかる動きを過剰に行ってしまう、いわゆるオーバーユース(使いすぎ)によるものが、膝蓋骨が分裂するきっかけとなります。
上記のような野球のプレーを行うとき、よく使われる筋肉が、太ももの前側にある「大腿四頭筋(だいたいしとうきん)」という筋肉です。一般的に有痛性分裂膝蓋骨は、使いすぎて硬くなった大腿四頭筋(とくに外側に付く外側広筋(がいそくこうきん)が、膝蓋骨を外側に引っ張ることで引き起こされると考えられています。
とくに成長期の子どもの未熟な膝蓋骨は、筋肉によって引っ張られると分裂しやすい状態になっています。
大谷選手の場合、いつから膝蓋骨が分裂していたか定かではありませんが、メジャーリーグという大舞台でのプレーをきっかけに、もともとあった分裂部に過剰なストレスが加わり、痛みが出てきたのかもしれませんね。
また、分裂膝蓋骨の発生は、膝蓋骨の成長過程で骨がくっつかない「癒合不全(ゆごうふぜん)」であるという説もありますが、いまだはっきりとした原因が解明されていないとうのが現状です。
治療、リハビリ、予防
有痛性分裂膝蓋骨は、スポーツ活動(野球)を継続しながらひざへの負担をいかに減らすかが、治療・予防のポイントになります。
〈軽症の場合〉
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〈痛みが強い場合〉
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痛みが強い場合、競技レベルを落とし、炎症が治まるのを待ちます。特にジャンプと着地は負荷が大きいので、できるだけ避けましょう。
※重症化を防ぐためには発症後早期に受診することが重要です。
有痛性分裂膝蓋骨に必要なストレッチ
痛みが強い場合はもちろん、痛みが弱くても、大腿四頭筋のストレッチを行うことは、分裂部のストレスを減らすために重要です。
大腿四頭筋のストレッチは、正しい姿勢で20秒以上行うようにしましょう。練習の前後と帰宅後に行うことを習慣化し、大腿四頭筋の硬さを日々チェックします。お尻とかかとが簡単に着く位を目標にストレッチを行いましょう。
大腿四頭筋(とくに外側広筋)や大腿筋膜張筋のストレッチ
大腿四頭筋のセルフストレッチ
外側広筋のパートナーストレッチ
大腿筋膜張筋のセルフストレッチ
ハムストリングス、殿筋群などのストレッチも重要です。
メディカルチェックで早期発見、早期予防を
わたしたちが行っているスポーツ選手、アスリートに対するメディカルチェックでは、「HBD」という項目があります。
- うつ伏せになり、ひざを曲げる。
- お尻とかかとの距離を測る。
- 大腿四頭筋の硬さを検査するチェック項目です。
とくにスポーツを激しくやっている選手は、太ももの前側の筋肉(大腿四頭筋)は、かなり硬くなっています。なかにはお尻とかかとの距離が10㎝以上も開いている選手もいます。
そういう選手は「ひざのケガに注意!」ということですね。
大腿四頭筋が硬いと、今回の有痛性分裂膝蓋骨だけでなく、
- オスグッド病
- ジャンパー膝
- 腸脛靭帯炎(ランナー膝)
- 膝蓋大腿関節障害(しつがいだいたいかんせつしょうがい)
- タナ障害
- 鵞足炎(がそくえん)
といった障害の原因にもなります。
現在、痛みが生じていいなくても、将来的に大谷選手のようにプレーに支障をきたすほどの痛みを出す場合もあります。ですから、ご自身の体の硬さを甘くみることなく、日頃からストレッチを行ってくださいね。
有痛性分裂膝蓋骨に必要なトレーニング、動作指導
スクワット
- つま先とひざの向きを合わせること。
- ひざが内側に入らないように(Knee in – Toe outにならないように)
- 股関節をしっかり曲げる
- 背中を丸めない、そらしすぎない。
- 痛みが強い場合は、ひざの角度を少なくハーフスクワットで行う
正しいスクワットの姿勢は、スポーツの基本姿勢(野球の場合、守備、バッティング、リードの構えなど)と同様です。スクワット動作をマスターすることで、ケガをしづらい動きを覚えましょう。
(有賀雅史/スポーツ外傷・障害予防のための筋力トレーニング/臨床スポーツ医学・2016より引用)
バランストレーニング
不安定な面上でのシングルスクワット
多方向(前後・左右・斜め方向)へのランジ
ひざが内側に入らないように(Knee in – Toe outにならないように)
【有痛性分裂膝蓋骨】スポーツ復帰までの目安
大谷選手の場合は、手術を行ったので、全治までは8週間から12週間と発表されていました。
手術を行わないストレッチを中心とした保存療法の場合は、痛みの程度にもよりますが、だいたい2か月程度という報告があります。予後は良好です。
有痛性分裂膝蓋骨の治療と予防【まとめ】
- 分裂膝蓋骨の原因は、大腿四頭筋の使いすぎによる。
- 発症後早期に受診することが重症化を防ぐために重要。
- 予防はストレッチをすること。とくに外側広筋と大腿筋膜張筋。
- 痛みが強い場合は、手術の選択もある。
- 予後は良好(2か月~半年ほどでスポーツ復帰可能)
分裂膝蓋骨は、ひざに痛みがない場合も多く、偶然レントゲンを撮って見つかることもあります。
ひざの痛みを予防するという点でも、ここであげたストレッチとトレーニングはぜひやっておきたい項目です。普段からコンディショニングをしっかりと行うことでケガを予防しましょう!
【参考文献】
- 大久保吏司/当院における有痛性分裂膝蓋骨の治療成績とスポーツ復帰について/スポーツ傷害・2012
- 松本秀男/膝関節のスポーツ傷害‐病態・評価・治療‐/MB Med Reha・2015
- 野中雄太/Saupe分類Ⅱ型有痛性分裂膝蓋骨の一症例/愛知県理学療法学会誌・2018
- 平野篤/膝スポーツ障害の治療と予防–膝伸展機構障害–/臨床スポーツ医学・2015
- 小粥智浩/動作の評価と改善/臨床スポーツ医学・2016
- 有賀雅史/スポーツ外傷・障害予防のための筋力トレーニング/臨床スポーツ医学・2016